昨年の暮れ頃から一寸胃の辺りに時々異常を感じるようになって、気にな
って2月21日かかりつけの鬼頭医院で紹介を受け、中川区に有る共愛病院
に出かけて10年ぶり位に胃カメラの検査を受けました。結果は胃の食道近
くに癌の症状が有り手術によって、摘出するより方法がないと宣告させられ
ました。
大変にショキングな話でびっくりしましたが、他に方法がなければ致し方がな
いと諦め、結局4月2日に名古屋第一日赤病院で摘出手術を受け、15日後
無事退院が出来て今日に至っております。折角ですから其のプロセスが皆
様の参考になればと想い、記録させて頂きました。

最初に体の異変に気が付いたのは歳の瀬、或る日、何となく食後の胃もたれ
を感じた事と便秘が一寸酷くなり、通じが2日おきが3〜4日になり、暮れの忙
しさによる疲労の蓄積の所為かと思っておりました。それ以外では体重の変化
食欲も異常なく平常通り、排便の色合いも健康其のものでした。
年が明けて色々な会合や旅行会も重なり、中々医者に出かける機会が見つ
からず、そのままにしておりましたが、2月の初旬同級会で別府温泉に出かけ
たとき、3日目湯布院観光のバスで、滅多に無い乗り物酔いに合いこれはおか
しいと感じました。2月の10日頃で色々な行事も一段落をして、たまたま12日
が鬼頭医院の糖尿病の診察日にあたり、先生に初めて相談をした所、直ぐに
胃カメラ診断の手配をして頂き、21日の11時に中川区にある共愛病院に出
かけて検査を受けました。
検査後直ちに結果報告を請けて胃癌にカかっており、摘出手術より方法がな
いと説明を受けて、かかりつけのお医者さんとよく相談をして下さいと、報告書
を頂き帰ってきました。思はぬ結果で大変なショックを受けましたが、冷静にな
って考えてみれば、この歳まで持病の糖尿による高血糖も、ある程度悪いに
は違いないが、インシュリンを打つ程も悪くなく食事と運動の相関で、何とか生
活に支障があるわけでも無いし、これはこれ迄の事と割り切ればと想い、又こ
の歳まで無事生かさせて頂いたと思えば、こんな試練でへこたれるようではこ
の先の人生が想いやられると考がへ、この程度で早く分り済んだと思えば逆に
感謝すればと思へば、一気に気が晴れやかになりました。
翌日かかりつけの鬼頭医院に出かけて、共愛病院からの報告書を提出して
相談をした所、早速今度は名古屋第一日赤病院が、経験豊富だし新しく病院
設備も整っ最適と紹介状を書いて頂き、先方の都合で3月4日診察予約をし
てもらい出かけました。
当日、10時3階にある一般消化器外科三宅先生の診察を受けて、とりあえず
翌日からの検査手配をしてもらったあと、肺 心臓、などの検査を受けて、翌5
日朝から絶食10時から胃カメラの検査が始まる。当初40分位の予定が1時
間かかり19箇所の生体摘出をして貰う。次は9日に内臓のCT検査、10日は
翌日の大腸検査のため、下剤を多用して腸内を空にして、11日10時から大
腸の検査が始まる。30分位の予定が15分強で終る。検査は何も異常なく大
腸には不審なところが全く無いため早く済んだそうで安心をする。週が変わり
16日15時30分から検査の結果報告を聞きに出かける。
検査結果は改めて胃の食道に近い所に癌が出来ており、全部摘出をしないと
いけない事、更に隣接した脾臓も併せて取り出す。摘出に伴い食道と小腸を
直結する為、十二指腸を其の途中で繋ぎ変える、この3点を手術を同時に行
う手術の全容の説明を受けた。更に手術前日に十二指腸にポリープがあり、
同日では時間がかかりすぎるので、これをフアイバースコープで切り取る手当
てをする。以上が手術の全容ですとの説明を受けました。
現在の癌の状態は、1期〜4期までに分類をすると2〜3期の状態にあり、1
期の場合は内視鏡手術が可能だけれども、今回2〜3期に該当し摘出手術
をする事に決定しました。
多分4期までは行っていないだろうから、手術をしてみた結果の生体検査で
わかる事だろうが、今のところは転移はしていないだろうと推定できます。こ
れが検査結果の報告でした。
あとは手術前最後のX線透視を18日に行った結果、手術日を決定するとの
報告で23日に其の結果3月31日に入院、4月2日に手術日と決る。23日日
赤病院出かけて入院の段取りなどの指導を受ける。これであと1週間の間に
入院中や手術後の予測されるあれこれを段取りし、心構えも併せて準備なが
ら過ごす事になる。

3月31日朝10時家内都連れ立って日赤病院を訪れて入院手続を済まし、
11階にある階消化器外科用の病室に案内を受け、荷物を持って出かける。
個室を希望したが生憎満室4人の相部屋、B1106号室窓際のベッドに決る
部屋からの眺めは名古屋駅のビル街が正面一望に見渡せる風景が飛び込
んで来た。只、朝の日の出もまともに見える為、朝寝はあまり期待出来ないと
思った。
部屋に着くなり昨夜から絶食中、午後2時頃から胃カメラによる十二指腸の
ポリープ切除を行う為、用意をするように言付けがあり、2時までの間に部屋
に馴染むようにして待機する。2時少し前に看護師さんに案内されて、1階内
視鏡手術しに出かける。手術前に説明があり約30〜40分位の時間がかか
るから、と言われて手術ベッド上がる。開始後は予定通約40分位で、ポリー
プの切除と摘出が行われ、2CM位の肉塊を見せて貰い終了する。暫く手術
室の前の椅子で休憩後、看護師さんお迎えが来て部屋に戻る。
其のあと暫く経って当直医の先生が来て様子を聞き、そのまま点滴に切り替
え食事は無し翌日は午後に担当医の診察と手術の説明があって、其の後シ
ャワー室に出かけて体を洗い指示通り体を休めるようにする。

入院3日目、4月2日朝9時から4階集中手術室に入り、麻酔注射に始まり間
もなく記憶が無くなり手術が始まる。予定では約6時間位と言われていたが午
後4時一寸前7時間で手術は終了病室に戻る。
手術後はまだ麻酔の状態がよく、体を動かさなければ痛みはあまり感じず、
看護師さんの手当て以外は疲労と安堵感の為か半分寝ており、そのまま一夜
が過ぎた。翌日は出来るだけ安静を保ち、手先や足先を少しずつ動かして訓
練をする。それにしてもハナからは酸素吸入、右胸上部からは点滴用のチュ
ウブ、お腹の傷口付近上下左右から膿みを見る管が背中からは痛み止め用
とそれぞれ沢山の管がぶら下がっている異様な状態で、あまり身動きが出来
ず、午後になると少しずつ疲労による腰痛が感じられるようになって,始めて手
術をした痛みを感じるようになった。本来なら鼻の酸素吸入が止まるところで
すが、もう一晩様子を見ようと言う話になり、4日朝の検診で酸素吸入を止めて
その後看護師さんに手助けをしてもらい、ベッドから起き上がる。起き上がっ
て5分ほどそのままに安静した後、歩行の練習を始める。わずか3日間の寝
たきりに、足がふらつき何かに捕まらないと立ち上がることも出来ない事を勉
強しました。午後になって時々起き上がり何とか少しずつ歩けるようになりまし
た。手術後3日目の5日、何となく自分で勝手に起きれるようになり、尿管のチ
ュウブも取り外されて、歩行訓練もスムーズに出来るようになり、病室から廊
下に出れるようになった。それにしても点滴注射で、痛みとめや栄養補給が行
われており、その間に小まめに血圧と血糖、体温などの測定が継続して管理
されている。5日の午後採血と病室にレントゲンが持ち込まれ、傷口の当りの
撮影をする。
4日目と5日目は通常の手当ての繰り返しと歩行訓練に精を出す。痛みは多
少動いても余り酷く感じなくなり、先生曰く順調そのものとの話でした。7日目の
9日傷口の留め金が切取られて、傷口も順調で異常なしとの話し、其の後採
血と1階にあるレントゲン室まで出かけて、お腹の透視検査をして貰う。午後か
ら明日から食事が始まる予備知識等の指導があり、水を少しずつ飲んで良い
といわれて、始めて口から腹の中に入れれるようになったが、但しほんの一口
ずつ時間を置いて飲む。
8日目10日朝、始めて流動食の重湯が小さな茶碗に半分強配られて、11日
ぶりの食事が始まる。先ず小さじに一杯ずつ何回かに分けて口の中で唾液と
よく混ぜ合わして、少しずつのみ干す。先の食べ物が胃にきちんと治まってか
ら出ないと、喉でつかえた様になり咳き込んだり、戻したりするそうで、とに角
重湯を20分位かけた食事を、訓練を兼ねて食べ始める。点滴注射と手術の
所為か空腹感が未だ沸かず、従って食事の満足感は感じら無い。重湯で始
まった食事は翌日3分粥、其の翌日は5分粥と進み、一日ずつ7分、全粥食
べ始めて6日目の14日にやや柔らかい御飯と、お菜がついた普通食に到達
する。
折角御飯が出てもお菜が優先で、3〜4口くらいしか食べられず全体の2〜3
割程度。食事と一緒に出される牛乳や補助栄養食品のジュース類は、食間
におやつ代わりに食べるような次第です。又、出された食事は少しずつ約30
〜40分位かけて、少しずつゆっくり良く口の中でかんでから飲み込まないと、
喉につかえて大変なことになる。いずれにしても食事は生活の中では大変な
仕事、健康な時のように早食いは禁物。栄養指導員の話ではこれから約半
年くらいは、少しずつ何回に分けてゆっくり食べる訓練を怠らないようにと、
指導を受けた。
普通食事が始まると同時に胸から入れていた点滴もはずされてた。その代
わり水分補給に充分気をつけるようにと、ペットポトルの水と番茶を地下売店
で買い求めて、気が付いた時に一口ずつ根気に飲む事をする。
入院10日目流動食が食べれるようになってから、歩行訓練を加速するよう
支持を受け、病室の廊下を一回り約550歩(280M)一日、4〜5回、8〜9
週を目標に歩き始める。脚力も段々ついて来て歩く事が苦にならなくなった。
入浴も適宜(毎日)に暇を見つけては出来るようになり、気持ちの上でも何と
なく平生に戻りつつあるような気がして来た。只、元気が回復すると同時にベ
ッドで寝る事の違和感が、腰痛を一層ひどくさせ、貼り薬を貼り何とか堪えて
いる状態が始まりました。
14日目の15日の朝検診時に退院勧告が出て、翌々日の17日に退院をす
る事に決定しました。時たま家内が着替えなどのを持って来てくれましたので
帰りに余分な物を一部持ち帰ってもらい、退院当日の朝10時頃に来て帰宅
する事に話し合いました。
費用も概算金額が分り(約50,000−)で済むそうです、1割負担といえども
予想外の安さに、いささかびっくりしたような状態でした。
17日の退院日朝食を済ましてから、朝の検診時間までの1時間に荷物の整
理をして、持帰りやすく纏め、朝の検診が終り寝巻きから服に着替えて、10
時頃に家内がやって来て荷物を袋詰めして退院が出来るようになり、丁度入
院清算書も届き看護師詰所に挨拶をして、1階会計に降りて支払いを済まし
て、18日ぶりに外の空気を吸い込み、感無量の想いでタクシーに乗って帰宅
しました。丁度11時20分我が家に着いて、やっと気分が変わり、何となく病
人から健康体の喜びを噛締める事が出来ました。

退院して今日で5日目、食事以外は何の不自由さも感じなくなりました。毎日
少しずつ体
力も元に戻りつつあることを実感するようになり、散歩、畑仕事(力仕事を除く
)も少しずつ、無理をしない程度にしております。只、食事は益々気をつけて
時間をかけ、一日5回位に分けて時間をかけて、少しずつ食べるように心か
けております。先日も一寸気を緩めると、喉につかえる羽目になりよい教訓に
なりました。
今後の病院再診察は、5月13日執刀医の田端先生の診察に出掛けて、その
後の様子を報告しながら出かける事になっております。

以上が今日までの報告です。
人生74年始めての大病に見舞われたが、一時は大変な人生の落とし穴には
まったものだと想いましたが、これから先のことは分りませんが、この程度の
事で済んだ事を感謝いたしております。いずれにしてもある程度は現代の医学
の進歩で、気をつけて予防検診を適宜行ってもらう事が、いかに大切か想い
知らされました。自分の判断や忙しいにかまけず必要に応じて検査をして貰い
ましょう。









NO-08-200-64
21-04-30 編集

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  74歳になって胃癌に罹り
     初めて大きな手術をうけました