今年の夏は環境破壊と地球温暖化の所為か、今までに無い極暑に見舞わ
れて、気力 体力共に元気が出ず、2ヶ月余り余り表に出かけませんでした。
こんな事はこの10年では珍しく、いよいよ歳の所為にかこつけてはいけない
と思いながらの毎日でした。そんな言い訳ではありませんが、今までに書き
留めておいた事柄で今月はご容赦下さい。

@ 見失った物事を取り戻そう
犬山にある寂光院へ伺った時、たまたま松平和尚の講話を聞く事にめぐり合
って、其の時、中々含蓄のある内容でしたので其の一部を要約をしました。
パソコン 携帯電話が普及して「掛けたい時が掛ける時」便利な機械に頼って
生活をしている事が機械に使われてヘトヘトに生っておりませんか。
何処の社会でも、利に溺れて不祥事を起こす人達が後を絶たない。(政治家
、企業家、役人)「皆でわたれば恐くない」ではないが「見つからなければいい
じゃないの」結末はお詫びの会見で一件落着、人の噂も75日までの鉄面皮
な面々が、罪悪感も良心の呵責も持ち合わさない為、又、再度繰り返す。これ
が現在の日本社会全体に蔓延している、風潮ではないでしょうか。それと人
間は完全無欠とはいかない、誰しも悪魔の囁きに迷い己を見失い、失敗をし
過ちを犯して、迷いから目覚めて初めて本来の自分意立ち戻る。それによっ
て自制心が沸き二度としない者へと考え一段と人間を成長する。このプロセ
スを現代人は見失っているのではありませんか。
この世の中に「三度の食事」と言う言葉が死語になりかかっている。「食べたい
時が食べる時」になってしまった。戦時中の時代に育った私達は「ひもじい」と
言う事の恐怖感があって、何とかそこから這い出さねばの思いで今日まで頑
張って来ました。従って全世界では多くの人達が其の想いに苛まれて、現在暮
して見える方々には誠に申し訳の無い話ですが、今の自分を含めた日本人全
体が多分「空腹」を忘れてしまいました。お陰で家庭では家族は「同じ釜の飯を
食う」連帯感が無くなって、家族の絆も薄くなり家庭崩壊に繋がっている事を良
く見かけます。
「家庭」とは「先ず帰る場所戻るべき本来の場所」である為、日常仕事の辛さや
学校でのいじめにも耐えられる「癒しの場所」である。競争社会の中で周りが全
部敵、其の為にも家族は必ず最後には誰かが見方になってくれる。相であって
欲しい。
現代はどんどん何かにつけて便利になってゆく。にんげんは其の恩恵に預かり
ながらも又、人間は自分を失いがちになっている。それには釈迦の教え「自灯
明」(自らを灯火とせよ)があります。頼るべきは本来の自分(自己)頼るべき自
己になるには、自分を良く整えて(自己研磨)自分で自己を高めるように努力を
する。それが最善の方法のような気がする。
「帰依」仏教徒の帰るべき場所、依るべき場所は先ず自己を、そして教義でもあ
る。其の事を心に留めて、日頃常におのれを研鑽し見失ったものを取り戻しな
がら、心豊かに暮しましょう。
  一部修飾をして記載してあります。

A 肩書きのお尻に士(師)の付く人の話
戦後日本社会の中では資格社会になって、肩書きのお尻に「師または士」が付く
人々が身近に多くさん見かけます。士(師)が付く事によって皆さんからは先生と
呼ばれ「奉られる」それはさておき「市町村議員や国会議員」面々の皆さんの呼
び方には、一寸先生と呼ばないで○○さんと呼んだほうが、本来の呼び方のよう
な気がしますと、ご意見がありました。何故だかは彼らを先生と呼ぶ事により、全
部とはいいませんが、傲慢な態度がありありと見え、しかも先生と呼ばれる品格
がない方々が非常に多いからだ。又、選挙民に選ばれて成ったのだから先生で
はない、と言われて私も全くだと賛成しました。其の意見には問題が無いとは言
いませんが、最近の議員諸兄の行動態度からは当を得た話だと感じました。
又、他の有資格者にもこのような方々が横行して、嫌な思いをする事が間々あり
ます。こう言う私も幾つかのお尻に士の付く資格があります。現役の若い頃に先
生と呼ばれる事が一番嫌で、言れると開いて構わずそういう呼び方をしないで、
といってよくトラブルになった事もあります。
別にめくじらを立てるわけでは無かったのですが、自分には一つなじまずこの歳
になってしまいました。
  先生と呼ばれる○○はない 資格のある皆さん肝に銘じましょう。

B 自分の年齢を三で割ると 人生時計の目安になる
ある会議後の雑談で、自分の年齢を三で割った数値が人生時計の目安にな
ると思いなさい。との
一言で感銘する事があって、自分なりに次のように解釈をする事にしました。
これからの自分の健康管理に役立てる参考になればと思います

15歳 午前5時     将来を考えて青春期の前に目覚める頃
20歳 午前6時40分  成人式を経て朝飯を食べ、一人前と言う資格を身に
               付けて世間に向って出かけようとする準備をする
27歳 午前9時     結婚と家庭と言う仕事を始める
36歳 正午12時    青年と壮年の境目、仕事にある程度経験を積んで自
               信が出来て、何かと人の頭に立てるようになる。
42歳 午後2時     人生の踊り場、今までは若狭と体力で何事も勝負をし
               来たが然し体力の衰えを感じるようになり、健康に留
               意すべき処、何分芋生活に惑わされて出来ず、ストレ
               スが溜る一方。考え方では壮年期で一番充実した時
               期で、若さで充分に乗り切れる自信と体力がある。
50歳 午後4時40分  人生も黄昏期に差し掛かり、家庭運営が一番難しい
               時期。世代交代が目の前に差し掛かっており、自分
               自身前途の見極めも侭ならず、何時リストラの憂き目
               に合わされないかの心配に脅かされる
55歳 午後6時20分  少し速いが仕事が終わり、人生の卒業と言う曲がり
               角に差し掛かり暗くなりかけた第二の人生を決めて
               方向転換を確実に実行しなければならない大切な時
               期でもある。
60歳 午後8時     修業と言う夕食を食べて、自分の人生を振り返れる
               よう、家庭の食後の団欒時間を持てる事が、今一番
               求められる事が理想。そうする事が初老の時間にう
               まく乗れるかの別れ道。
65歳 午後10時    睡眠時間の一番リラックスをした時間、これから先の
               時間はその人に与えられた余生と考え、精一杯に健
               康の続く限り夜更かしをして人生を楽しみましょう。
    午前0時以降   子供に還った積りで人生時計にチャレンジ。何時で
               も悔いの無い生涯を全う出来る様に覚悟をしながら
               又感謝の気持ちを忘れずに
             
C 専門家の制度疲労について
以前から頭で物事を判断するだけの専門家の限界が、日本の色々な所や場
面で破綻を来たしていると言われており、即ち専門家の制度疲労です。其の
事で一寸したそのような状態に巡り合い、なるほどと思いました。
一般的にある程度のその道の学校を卒業して実務経験を積み、専門家と言
われ手いる人達の会合で、仲間の中では出世頭と評判尾高いある起業に就
職をして28年、何十人と部下を持つリーダーとしての自負が体の中から滲み
出ていた男が、突然出てこなかった。その場ではなぜか都合が悪かったのか
と思っておりましたが、暫く経ってやっと其の事情が分りました。
彼はそれ以前に会社のリストラの対象になっており、会社から他の会社に出
向を言い渡されて、其の会社に改めて就職をしましたが、何となく居心地が
悪くストレスによる、精神障害になって病気療養中でした。
旧の会社で何故リストラに会ったか詳しい理由は、偏差値エリートととして企
業内競争に凌ぎを削り、専門家として育成された処、実態は実務と体験不足
にもかかわらず、少しずつ自分の手法が正しいとの自負心が表に出過ぎて、
部下との信頼関係が破綻。それに専門馬鹿と呼ばれる自己中心の考えを他
人に押し付ける事になり、時代の変化に対応が遅れてリーダーの資質を問わ
れる自分の手がけたプロジェクトにより、会社に損害を与えたそうです。
企業にとってはその道の専門家は大切です、しかし専門家であると言う事は、
そのみちで確りとした人間性の切磋琢磨による専門経験を積み、其の上で初
めて誰からも専門家としての信頼を、得るものだと思はれます。エリートと呼
ばれる人達が全部とは言いませんが、一面本当の経験即ち頭で経験をする
のでなく、自分の体を使って常に前向きに自分から進んで其の中に入って
会得する、これが出来る事が大切だと思います。そうすれば挫折をした時で
も次の次善策が自ずと開けてゆきます。そうして出来上がってきた人達こそ、
専門家として相応しい人と社会から認めて貰えると思います。それで初めて
一人前の専門家です。

昨今日本の政治経済を初めとする色々な社会が、何となく可笑しくなっている
事は、時代に合った制度疲労が、色々な所に現れた事が原因のような気がし
ます。これらの問題を解決して行くには、今までの学者や専門家の意見も大
切ですが、個々の違った価値観を持った人達が、違った角度から世間を眺
められて、過去に捕われない意見の上でこのような制度疲労を打ち破ら
なければ企業も社会も先行きが怪しまれます。要は形ばかり気にせず、もっ
と自由で中身の濃い人間にならないと!
 私はそう感じました。










NO-08-200-59
20-08-30 編集

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