大須観音と商店街の恒例、秋の一大イベント「第30回大須大道町人祭り」
が10月20〜21日の両日に、今年はもう一つの60年に一度行われるお祭り
「お鍬祭り」が前日の19日に重なり、3日間にわたって大須界隈が祭り一色で
賑った。
先ず「お鍬祭り」の由来は江戸時代に伊勢神宮に茂る榊の枝が、農機具の鍬の
ような形で自然発生をしたことから、このような枝が生える年から豊年が続く
と言い伝えられ、およそ60年に一度の周期でお祭りが行われるようになった。
1827年(文政10年)の祭礼には、大須から祭りの行列が繰り出し、今年
は其の60年周期の年に当り、丁度大須大道町人祭りの30周年と重なり、180
年ぶりの現代版お鍬祭り行列を行う事になりました。
お鍬祭りでは、鍬形の枝を「お鍬様」と言う神体として新しい神輿に収めて、村
を順に送り継がれ、尾張近辺の村々でもお祭り行列を出し、村毎にアイデアを
凝らした奇抜な出し物が登場して、賑やかな祭りだと江戸時代の絵巻物に記録
されている。大須からは豊年満作、商売販売を祈願した行列に「オカマの花魁
道中」がお祭りを大いに盛り上げたそうです。
今回平成のお鍬祭り行列には、資料に基ずいて当時流行をした張りぼてを製作
全長9Mの豊漁の印巨大くじら、幸多かれと巨大たこ、大須商店街のシンボル
巨大招き猫、などが登上して祭りを盛り上げます。

お鍬祭りに使われた巨大張りぼての数々と「おかめ、くじら、たこ」とあほ踊り
  

  

19日(金)は朝から各宿にセットされて準備されて、午後2時ごろから夫々
商店街に繰り出して、仁王門通から本町通、万松寺通を練り歩き大勢の見物客
に応えながら、夜7時頃まで祭が行われた。
子供だましみたいな単なる張りぼての行列に過ぎない祭りだけれども、60年
に一度の祭りを次の時代に継続させる為に、失われ無いように伝統を残す地元
の心意気と努力には、頭が下がり只見物をするだけで無く拍手を送りたい。

お鍬祭りは一日だけで次は60年先に、どんな姿で復元されるか豊富な話題と
課題を残して祭りが終了した。

  大須大道芸町人祭りとおいらん道中     
第30回を重ねた「大須大道町人祭り」は、翌日10月20日〜21日の二日間
にわたって行われた。
この祭りの由来は今から30年前当時、大須商店街の賑わいが街の中心「栄や
名駅」に集中して、以前の賑わいが無くなった商店街に、これも寂れ行く大道芸
人達を招いて、街の活況を取り戻すべく商店主達の手作りで始まったイベントで
時代の流れも変り今日ではこのような行事も一般に受け入れられるようになって
特に今年は30周年を達成した記念行事で、例年よりも数多く二日間で50組
約250人の芸人が参加して一層盛り上がった。
本来大道芸の呼び物、アクション芸、手細工の芸、パントマイム、器楽の芸、等
多彩な芸人によって
沢山の芸人達のステージが路地奥の広場や、商店街通りの道端で間近に向か
い合って、大道芸の雰囲気を観客を芸の中に引き寄せ、芸の評価を見てもらう
ように競い合わせて、祭りの雰囲気を盛り上げていた。
本来大道芸の呼び物、アクション芸、手細工の芸、パントマイム、器楽の芸、等
多彩な芸人によって一回りして全部は見れないほどでした。

           様々な大道芸の一コマ        
  

   アクション芸の火吹き            芸の極致操り獅子舞      
  

 一商売をした後のバナナの叩き売り     一曲¥200- 坊やがリクエスト   

  
 おいらん道中    
もう一つの祭りのメインリッシュに「おいらん道中」がある。
毎年仁王門通の宿から万松寺通、新天地通、仁王門通から大須観音前に午前と
午後、夕方3回のお練があって一番の見もの、行列の両側には観客がびっしりと
張り付く為、行く手を整理する先導役の男衆が観客に道を空ける様に手分けをし
ながら誘導をしてる。
行列は先導の男衆と年増女、かむろの直ぐ後に付き添いの男衆とおいらん、傘
持ちの男衆と続き最後に付き添い女が二人の組み合わせ、其の後においらん道
中の看板を積んだ押し車が付いて、約20M位の長さで大須商店街を1時間半位
をかけて練り歩く。今回は3人のおいらんが三者三様で参加した。

    左から先導の男衆 次に年増女 稚児とおいらんが続く行列         

   














NO-200-048
19-10-30 編集

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大須の秋祭りと賑わい
   (お鍬祭りと大道芸町人祭り)

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